ピアノレッスン2

<あらすじ>
小学生のピアノの先生という、新たな世界へ飛び込むことになった大学生の頃の小宮山雄飛。
そしていよいよそのレッスンが始まったのだった。
 
初めて彼と会った時の印象は「ワンパクどころか、むしろかなりナヨナヨした子だなあ・・」というものだったのですが、彼とのレッスンをしていくにつれて、その印象が正しかった事が分ってきました。彼はいわゆる不良タイプのワンパクでは全くなく、単純に、言う事聞かない子供みたいな、要は子供っぽいっていう意味でのヤンチャな子だったんですよ。
それでも最初のうちは、まだ向こうも緊張してるからそこそこシャキっとしてたんだけど、1ヶ月・2ヶ月・半年と経つうちに、彼は本当にどうしよもなくナヨナヨした子供になっていったんですよ。
ピアノレッスンの場合、自宅でやるっていう点が大きくて、どっかの教室でのレッスンだったら生徒もそれなりに構えてやるだろうけど、とにかく自宅ですからね、グダグダな訳ですよ。格好も気にしないし、レッスン最中に電話がかかってきて話しちゃったりとか、どうにも集中しないんだよね。
 
そんな訳で、僕との関係が慣れて行くに従って、彼のピアノを習う事への姿勢っていうのが、とにかくホントにグダグダになって来たんですよ。遅刻なんかは当たり前になってきて、もちろん俺は金をもらって教えに行ってる以上遅刻出来ないから、俺が先に家に着いて一人で待ってるなんて事も多々あった訳です(もちろんそういう場合は、お母さんが気を遣ってカステラやらメロンやらを待ってる間に振る舞ってくれるから、それはそれでよかったんだが)。
「来週までにここを練習しとくこと!」なんて言っても、次の週に行ってちゃんと練習してた試しがないっていうね。もうピアノのレッスンにもなんにもなってないんですよ。一切練習してこないから、また同じ所をおさらいして、その次の週もまた同じ場所をおさらいみたいなね、そんなのの繰り返しで全然進まない。
そこで俺はふと思い出したんですよ、そう言えばこの仕事を俺の先生からふられた際に、先生が「その子はすごくワンパクで、なんか前の先生とも折り合いが合わなくてやめちゃったらしいのね。雄飛君だったらそこら辺で年令も近いし、友達みたいに教えれるんじゃないかと思って」とか言ってたんですよ。
つまりそれって今思えば、全然練習もしないどうしようもない生徒で、他の先生もお手上げになった所、俺なら丁度いいんじゃないかって事で回ってきただけなんですよね。
思えば本気でクラシックのピアニストを目指してる子供に俺を教師として付けるはずないんでね、要は最初っから『駄目な子』って事で、今まで1回もピアノ教えた事もない俺に回ってきた訳ですよ。教え始めて半年位して、初めてその事に気付き「たしかに、突然ピアノを教える話が来るなんて、今思えばおかしいよな」って納得しましたね。
なもんで、レッスンが始まって半年位すると、すっかりその生徒はグダグダになって行った訳ですが、俺の方も俺の方で「まあバイトでやってるだけだし・・」ってとこで、それに対して真剣に注意したりとか全然ないんですよ。「俺は絶対こいつを一流のピアニストにするんだ!!」なんていう意気込みも全くない訳だからね、「まあ遅刻したって、別に俺のバイト代が減る訳じゃないし、むしろカステラ食えるし・・」みたいな感じだった訳ですよ。
 
要は『最低の生徒』と『最低の教師』が組んでしまった『最低のピアノレッスン』、まさにこの一言に尽きる訳です。来る日も来る日も同じ曲の同じ部分をおさらいし、レッスンが終わる頃にはお母さんの出してくれるカステラやメロンを食べて「じゃー、また来週ね。 あそこのパート練習しといてね」で終わる。そしてまた次回も同じくそのパートをやり、そしてまたカステラを食うという。
おそらくプロのピアノ教師が見に来たら、「お前らふたりとも何やっとんじゃー!!」って怒られる位の、実にユルーいレッスンの連続で1年以上が過ぎていったのでした。そうなってくると、さらにユルさに拍車がかかるというか、もうその子は全然ピアノ自体やる気あんまなくなってんのね。確か俺が教えてた数年の間で彼は小学生から中学生になったと思うんだけど、もう中学生になる頃にはホントピアノ人生的には崖っぷちというか、なんとか俺との週一のレッスンでピアノというものに触れてはいるけど、ホントそんだけの状態だったんだろうね。しかもそのレッスンもなんだかんだ理由を付けてサボったりしてて、週一から月三になり、隔週になり、月二になり・・・とかってもう風前の灯火(ふうぜんのともしび)な訳ですよ。
 
今にしてみれば、そんな状態になってからのレッスンっていうのが本当にめちゃくちゃで面白くてね、そっからはもう毎回オモロハプニングの連続というか、普通のピアノレッスンでは考えられない事の連続だったんですよ。
という訳でいよいよ始まる地獄のピアノレッスンの数々は次回以降ゆっくり語って行く事にしましょう。
 
<さらに次回へ続く>