老人と海

僕が今回の長い海外旅行に持って行った本はなぜか『老人と海』です。まあ理由は色々あるんだけど、一番簡単な理由は「こんな機会でもなきゃ読まないだろうなあ」と思ったからだね。アメリカの田舎に一人ポツンと居る時や飛行機でやはり何時間も一人で空を飛んでいる時、そんな時に読みたいというかそんな時でもないと読まないだろうから読んでおきたい小説として『老人と海』を選んだのです。
 
『老人と海』というのはサンチャゴという老人の孤独との戦いを描いた小説で、サンチャゴは広い海でたった一人でドデカイ魚と、そして鮫の大群と戦うのですが、まあその孤独な感じというのがアメリカにポツンといる自分とすごく重なって、ホントこのタイミングで読んで正解だった本でした。だから僕はこの小説をアメリカにいる時でも特に全く一人でいる時を選んで読んでいました。
 
このサンチャゴという老人はよく独り言を言います。それは実際に口に出して言う言葉だったり、心の中で自分に語りかける言葉だったりするんだけど、とにかく自分の立場が孤独になればなる程、自分の状態が窮地に追い込まれれば追い込まれる程自分自身を勇気づけるかのように独り言を言います。
 
「俺は老いぼれ爺さ。だが、この兄弟分の魚をやっつけたんだぞ。」とか「爺さん、もっと景気のいい事を考えたらどうだ」とか「俺はちっとも変わらない、前とおんなじ年寄りだが、もう丸腰じゃないぞ」とか「もしだれか、おれが大声でわめくのきいたらきっと気ちがいだと思うだろう」なんて独り言を言います。その独り言に妙に僕は納得させられてしまい、この本を読んで以来口にこそ出しませんが心の中で妙に独り言を言うようになりました。
 
まあ僕が時として置かれた孤独な状況やヘビーな環境なんてのはサンチャゴのそれと比べたらかなり甘いものだけど、ただそういう辛さっていうのはあくまでその時その人が自分の中で感じるものだからね、必ずしも単純に第三者的にその大小は比較できないよね。例えば金メダルを取り損ねたオリンピック選手の辛さと恋人と別れて落ち込んでいるそこらの高校生の辛さとかっていうのもその人の中ではけっこう同じレベルだったりする訳だよね。だからまあ僕の感じた孤独感とかももしかしたら『老人と海』の中のサンチャゴのそれと場合によっては同じような時もあったかもしんないよね。
 
そんな訳で僕は自分にとってちょっと辛い事があったりした時、妙にサンチャゴばりに独り言を呟くようになりました。例えば飛行機の乗り換えやら何やらで全然物を食べれずにいて本気で空腹だったニューヨーク?ラスベガス間の飛行機内で、しかもその前にニューヨークの空港でちょっと航空会社の人と色々モメたりしたのでかなり精神的にも疲れていた、もうそんな時は独り言ですよ「なんでお前(俺の事)は昨日までカバンに入ってたチョコを捨てちゃったんだ。あのチョコは今こそ食われるべきものだったのに、あれがあれば少しでもこの状況を前向きに解釈だって出来ただろうに、お前はこれからラスベガスに行くっていうのにすっかり運にも見放されちゃったのか?」なんて言う(思う)訳ですよ。そしてその後ようやく機内で飲み物だけ配られた時に、僕は最初とりあえず腹に溜まりそうなものという事でオレンジジュースを頼んだのですが、その直後トマトジュースというものがあるんじゃないかと気付きステュワーデスに頼んで変えてもらった、もうそんな時はまたすかさず独り言ですよ「おい脳みそ、お前もまだまだ落ちぶれてないじゃないか。とっさにトマトジュースに変えたのはよくやったな。おかげで今俺はたっぷり350mlはあるだろうトマトジュースにありつく事が出来た。それにこれはお前(脳みそ)にとっても大きな御馳走になるんだぜ、お前と俺は兄弟だ、俺がこうやってたくさん栄養を取ればまたお前だって今みたいに賢い判断が出来るようになるってものだ。きっと俺達がこのまま良いパートナーでいられればベガスでだって負けはしないだろうよ(結果的には負けた、、、)」まあそんな感じで独り言を言って(思って)るのです。
 
なんかこんな事を言っているとすごく根暗(ねくら)みたいだけど、おそらく僕も日本で一人だったりあるいは海外で友達と一緒だったりすればこんな事も考えなかったかもしれないけど、海外のしかも田舎とかでポツンと本気で一人っきりだったりするとこういう事も考えるようになるんだね。変な言い方だけど、自分の脳みそや手・腕・足その他の体達と妙な連帯感が生まれてくる。「おい右足、もう少しだから頑張ってくれ、そしたら俺はきっと一晩でも二晩でもお前を休ませるだろうよ」なんて風に妙に体と連帯感が湧いてくる。そしてそれはいずれどんどん自分の自信へとつながって行く、つまりバンドがツアーを重ねるうちにどんどん一体化していくのと同じように、自分自身というひとつの集合体がどんどん一体化し引き締まり、自分というものにどんどん自信が湧いてくる。「今回の旅行で俺達は何度となく大変な状況に陥ったけど、脳みそ、お前は常に俺を正しい方向に導いてくれた。そして右手、お前は俺がさんざん買って膨れ上がった荷物を文句一つ言わずによく引きずってくれたよ(手なんで文句など言えないのは当たり前なんだけど、、、、)」なんて感じで本当に一つの身体としての連帯感が出てくる。
 
僕は『老人と海』の中で最も好きな言葉があります。その言葉はサンチャゴが最初の鮫の襲撃をやりすごした後に言います、「人間は負けるようには造られていないんだ、そりゃ人間は殺されるかもしれない、けれど負けはしないんだぞ」なんかこの言葉に僕は妙に勇気づけられました。いつかこんなかっこいい独り言を言える老人になりたいなあ、、、、、