TALK SHOW by Yuhi Komiyama

見えない奴隷

映画『ボーリング・フォー・コロンバイン』の中で、アメリカの歴史をアニメにした部分があったけど、結局今のアメリカの発展っていうのはアフリカから奴隷を連れて来た事に始まるんですね。
まあそりゃー当たり前の話で、タダで働く奴隷がいればどんどん発展しますよね。

話は飛びますが、以前にヨーロッパの教会をいくつか訪ねたんですが、やっぱりすごい迫力なんですよ。
ものすごい高い天井のすごく広いスペースに、本当に細部まで彫刻やらステンドグラスやらの装飾が施されてて、歴史的にも芸術的にもすごいものを感じるんですね。
で、キリスト教徒でもないのにやっぱりちょっと感動してたんですが、そこでふと考えちゃったんですよ

「これって誰が作ったんだろう??」って。

これってものすごい労働量がないと絶対出来ないだろうなと、しかも今みたいな機械がない時代です。はたしてこんなすごいものを誰がどの位かけて作ったんだろう?と。
それは言い換えれば、誰が作らされたんだろう?って事なんですよ。

エジプトのピラミッドもね、結局は奴隷でしょ。最近はあれは奴隷が作ったんではなく、ちゃんと仕事として志願した人が作ったという説が有力みたいだけど、例えそれが志願した人だとしても、ごく一部の王達の墓を多くの一般庶民がすごい年月をかけて作るって、力関係的に結局は奴隷みたいなもんですよね。

鞭で叩かれるから奴隷とか、タダ働きだから奴隷っていう訳じゃないですからね。

労働者は王国から衣食住を保証されてたっていうんですけど、じゃあその衣や食はそもそも誰が作ったんだ?って話でしょ。それ作ったのも同じ労働者じゃないの?っていう。
ヨーロッパの教会も同じ事でね、宗教という名の元に、あくまで奴隷ではない人達が作ったのかもしれないですけどね、ちょっとやそっとの労力ではあんな大きな教会は出来ない訳ですよ。
それこそ何十年とか一生とか仕える人がいないと、そりゃー出来ないですよね。
本人達は「神の為に」って作ってたのかもしれないけど、そもそも神はそんなもの作ってくれって誰に頼んだんだ?と思いますよ。

結局ね、何らかの名前の元に、それが神様であれ王様であれ御主人様であれ、そういうもののために実質的に奴隷的立場の人たちがやってることって沢山あると思うんですよ。
まあ現代でも同じ事が、例えば隣の国では『首領様』という名の元にいまだに行われてる訳ですが、そういう事ですね。(彼らは自分達を奴隷とは思ってなくて、真剣に首領様のためと思ってるのかもしれないけど、外側から見たら同じ事ですよね、ピラミッドの頃と)

とまあ、そんな事でなんとなく奴隷っていうのはいけない事だって思いつつも、古代エジプトや南北戦争以前のアメリカや、あるいはお隣の国の話だと思っていた訳ですよ。「いかんねー!そんな事しちゃー!」なんて軽く考えてた訳ですよ、どこか。

でもね、よくよく考えたら、はたして六本木ヒルズは誰が作ったんだ?と。
汐サイトは誰が作ったんだ?と。
もちろん奴隷じゃないですよ、建設業者の人達がせっせと作った訳ですが、それって誰が金出してんだ?、そのコンクリはどこで出来てんだ?、その労力やら電力やらなんとか力はどっから来てるんだ?と。

これもね、結局一種の見えない奴隷なんじゃないかなと。
例えば、分かりやすいように1つのビルを作るのに、10億円かかるとしましょう(もちろん六本木ヒルズはもっと莫大な金がかかってるだろうが)。これ、どっかの業者に頼みますよね、そうすると業者は5億円で労働者を雇いますよね、そうすっと労働者はその中から3億円で食べ物や洋服を買いますよね、その食べ物は1億円でどっかの工場で作られますよね、その工場は5000万円をそこの労働者に払いますよね、そこの労働者はその中から2500万円で衣食を済ませますよね、その衣食を1000万円で作らされてる人達がどっかにいますよね(ここら辺からは日本ではないどこかの国も多く入ってくるでしょう)、その人達は500万円で自分の衣食を揃えないといけないですよね。その衣食を・・・。
ってなりますとね、結局絶対最終的には奴隷(的な場所にいる人)が出て来るんですよね。

これネズミ講と一緒でね、『絶対損しない』って言ってるけど、『絶対損しない』人がいる=『絶対損する』人がいる訳ですよね。それこそ皮肉な事にピラミッドの構造と同じでね、上の人は儲かるし、一段一段を比べたらそんな違いはないんですよ、でもその頂点と一番底辺を比べたら、これってやっぱ奴隷なんじゃないの?っていうレベルの差がある訳。
必ずしも人間とは限らないですよ、この奴隷っていうのは、例えば牛や豚みたいに食料となる生き物もそうだし、森林や石油なんかの地球の資源もそうですよね。

僕の着ている服だって、これ自体はお店と僕の間でちゃんとした取り引きが成立してる訳で、僕が奴隷に作らせた訳でもなんでもないですが、そうは言っても実際にこの服はどこで縫製され、その糸はどこで作られ、そもそも糸になるための綿はどこで誰が採ったのか?
その限りない先には、やはり奴隷に近い立場の人がいるんじゃないのか?

要はね、今の日本って世界規模で見たらそれなりにピラミッドの上の方、あるいは中位の位置にいるから、直接奴隷を扱ってはいないんですよ。
多少貧富の差はあれど、それこそ分かりやすいように鞭でぶっ叩いて奴隷に仕事させてるとかはないですからね、気付かないんですよ。
でも、気付かないだけで、絶対ずっと下の方にはピラミッドの底辺があるんですよね。
君が食べてる食事、着てる洋服、ネットしてる時の電力、運転してる車、その燃料、その全ては必ずピラミッドの底辺があるから成り立ってるんですよ。

「自分で働いた金で生活してんだから、文句言われる筋合いない」
なんて考えは大きな勘違いでね、見えない所で自分も奴隷を使ってるんだっていう意識を持たないといけないと思いますね。

<2014年のあとがき>
こういう消費社会のことや、目に見えない貧富の差については僕が常に考えているテーマの一つです。
僕らが抜本的な改革を起こすようなことは無理かもしれませんし、そもそも僕らが今この日本でこのように暮らしてることにはそれなりの歴史や理由があるわけですから、そのある一点だけを捉えて語るのは難しいと思います。
ただそんな中で、「せめてできること」をそれぞれがするというのはやはり責任なんじゃないかと思ってます。
電気を使うなとは言いませんが、せめて節電する。
裕福な暮らしをするなとは言いませんが、せめて物を大事にする。
日々の生活を楽しむなとは言いませんが(むしろ楽しもうと言いたいですが)、せめてそういう生活を送れない人たちのことも考える。
そういうことで、僕らが生きていることがちょっとでも意味あるものになればいいなと思うのです。