残された身・あるいは人はなぜお土産を買うか

残される者の気持ちというのを最近ちょっと分かるようになったのです。
この間ドラムの田中元尚さんがですね、アメリカに仕事で10日間ほど行ったのですよ。丁度その直前までホフの全国ツアーがあったり、ホームランナイターを企画してたりとかあって、個人的にもよく元尚さんとは会ってた訳ですよ。で、突然その元尚さんがアメリカ行くってんで、なんかちょっと寂しくなったのですね、日本に残された身としては。別に半年とか1年行く訳じゃないんですがね、なんとなく「いいなー元尚さんは。日本に残る俺は来週一杯何して過ごそうかな・・・」みたくなる訳ですよ。
 
思えば大抵の場合、僕ってその逆の立場だった訳ですよ。僕が外国とかに一人で旅に行ってしまい、日本に残る友人達には「ほんじゃ行ってくるねー!!バイバーイ!!」みたいなね。だからあんまり残される方の気持ちって分からなかったんだよね。
 
高校・大学時代とかもね、ほぼ毎年夏休みって1ヶ月単位でアメリカに行ってたんですよ。思えばね、彼女とかにしてみれば夏休み丸々恋人が居なくなっちゃうってね、おそらくかなり寂しかったんだろうなって、今となっては思いますね。でもさあ、旅立つ側っていうのは全然そんな気ないんだよね。知らない場所に行く不安とかそういうのはありますけどね、それ以上に新しい経験とか出会いとかが待ってる訳でね、日本を旅立つ事にそこまでの寂しさっていうのはない訳じゃん。でも残されるサイドっていうのは単純に友人なり恋人なりがいなくなっちゃうだけな訳だからね、そりゃーマイナスはあってもプラスはないからね、結果としてすごく寂しくなる訳ですよね。
 
『旅行』ってものにはね、3種類の登場人物が存在すると思うんですよ。
A.残される人
B.旅立つ人
C.旅先で会う人
この3種類ですね。
 
これを順番的に逆から説明するとですね、Cはね人によって違うと思うんだけど、友人が海外にいる場合なんかはその人になるし、旅先で全く偶然に知り合うなんて場合もあるだろうしね。どちらにしろCの立場の人にしてみたらね、この旅はすごく『ボーナス』な訳ですよ。海外で寂しく過ごしてる所に日本の友人が遊びに来るっていうのはね、全然ボーナスでね、元々なかった所に単純に『訪問者』って要素が加わる訳ですからね。すごく楽しい事ですよ。
 
そしてBの人はですね、Aを置いてきた代わりにCを手に入れる訳ですから、少なくとも寂しくはない訳ですよ。つまりB(=旅立つ人)にとっての寂しさというのを考えると、単純な引き算な訳ですよ、C?Aがどの位か?って事ですよね。残してきた要素よりも新しく得る要素が大きければ寂しくはないんですよ。
 
その場合ね、どんな場所だろうとね、旅っていうのはやっぱりそれなりに新しい発見やら刺激っていうのがある訳だからね、そう考えるとC?Aがマイナスになるって事はまずないんですよ、大抵はプラスなんですよ。だからBにとってもこの旅は絶対プラスでね、つまり寂しくはないんですよね、大抵の場合はね。
 
そして最後にAの人ですけどね。この人はもう完璧にマイナスしかないでしょ。単純に今までの生活の中からBが居なくなるだけで、なんにも良い事なんてないんだから、そりゃー寂しくなるでしょ。だからね旅の被害者は明らかにこのAさんなんですよね。
 
という事でね、僕は今までこの三者の中では、Bさんになる事が多くてね、たまに海外から友人が来るなんて場合にCさんになる場合もあったんですが、意外とAさんになる機会が少なかったんですよ。だから僕にとって旅ってすごくハッピーな物って意識しかなかったんですよ。だけどね、たまにAさんの立場になるとですね、必ずしも旅ってハッピーなだけじゃないなって気付かされるんですよね。出合いもあれば別れもあるというかですね、ハッピーな事だけじゃないんだなって。残される身から見た『旅』っていうのもあるんだなと。
 
まあ逆に、だから旅ってすごくドラマチックだし、時として感傷的になれるとも思うんだよね。これがハリウッド映画みたくハッピーだけだったらなんかつまらないし、それってホントに単なる観光旅行だと思うんだよね。たぶんAさんの寂しさがあって、Bさんの冒険があって、Cさんの喜びがあって、それで旅っていうひとつの物語が完結するんだろうなと。だからね、A(残して行く人)が居ないとか、C(旅先で会う人)が居ない旅とかってね、きっと全然面白くないんだろうなと。ただ知らない街に行って楽しかったー!!なんて旅はね、きっと味気ないと思うんですよ。そう考えると日本で待ってくれてる人達っていうのも、ある意味旅の一員なんだなって思いますね。
 
そして更に発展させるならば、だから旅先には『お土産』って要素が必ず付いて来るのかなって思いますね。だって、ただどっかに行くだけだったら『お土産』なんて本当は必要ない訳でね、待ってる人がいるからこそ『お土産』がある訳でしょ、『お土産』っていう文化が旅の中に確実にあるっていうのは、それはつまり『旅』っていうものに確実に「残される身」って存在が入ってるって事だと思うんですよ。もし僕がどっかの国に移住するとしたら、当然そこで『お土産』なんか買わない訳ですよ。あくまで旅の場合は、日本に何かを残してて、そしてまた帰るからこそ『お土産』を買ってくる訳ですよね。
 
そうやって考えるとね、僕も旅をする以上「残される身」の気持ちっていうのをちゃんと理解してないと駄目だなって。どこかへ行くって事だけが旅ではないのだなと、そう思う最近の旅人なのであります。