2002 N.Y. <一期一会>

ニューヨーク・JFK空港に着いたのは10月に入ったばかりの土曜日の昼過ぎだった。あのテロ事件で、1年前に来るはずだったのがすっかり先延ばしになってしまってたから、ニューヨークに来るのは実に2年近くぶりだった。

今回は初めて日本から直接ニューヨークに入ったという事もあり、空港に降り立った時はなんか逆にあまり「ニューヨークに着いたぞ!!」っていう感動がなかった。今まではL.A.からとかメキシコからとか、それなりに旅をしてから入っていたので、ウルトラクイズじゃないけど「やっとニューヨークまでやってきた!!」っていう感動があったんだけど、新宿から成田エキスプレスに乗り、そのまま飛行機で日本を出てニューヨークにパっと着いてしまうと、なんとなくすごく近所にでも来ている気がしてしまう(実際は10時間以上かかってる訳だけどね)。

そう思うのは、おそらくここ最近ツアーとDJで日本中あっちこっちに行ってたからというのもあると思う。この1年は週末ともなれば新幹線か飛行機でどっかの街に行ってDJっていう事が多かったから、なんとなく自分がどこに居ても不思議じゃないんだよね。

そんな訳で自分でも驚く程冷静に、まるで毎週来てるかのようにニューヨークの空港に普通に立っている僕が居たのでした。自分的にはバンコクの空港に着いた時みたいな感動が欲しかったから、そういう意味ではちょっと寂しいというか、ホントあっけなかったですね。

荷物を受け取って、タクシーに乗ろうと外に出てみると、思ったより暑くてビックリした。日本より絶対寒いだろうと勝手に思い込んでいたんだが(僕は出発前にその土地の天気予報とかを見る人じゃないんで、旅行先の天気とか気温とかはホントただのイメージだけで決めて洋服とか持ってくんですよ)、とにかく暑い。Tシャツに半ズボンでもいい感じ。

タクシー乗り場まで歩いただけですっかり汗をかいてしまい、上着を脱いでタクシー待ちの列の最後に並んでいると、白タクの運転手らしき怪しい人物が前の男の人にしきりに話しかけている。「どこに行くんだ?マンハッタン行くんだったら乗り場はあっちだぞ!!」などと言って前の人を連れて行こうとしている。前の人はどうやら日本人らしく、しかも英語もそこまで出来なそうだった。突然あーだこーだ話しかけられて困惑しているその人に相変わらずその白タクの男は「ここに並んでたらだめだ、あっちに来い!」とすごい勢いで怒鳴りつけている、もちろん全部嘘なんだよね、そいつに着いていったら後で一体いくら請求されるか分ったもんじゃない。 僕は以前メキシコで同じく白タクの被害にあった事があったから、この日本人にさっと助言してあげた「たぶんこいつ白タクだから着いていっちゃ駄目ですよ」って。そしたらその日本人の人はちょっと安心したように「あ、やっぱりそうですよね、ありがとうございます」って言って、やっと白タクの男にちゃんと断る仕草をみせた。白タクの男はその人を狙うのをやめて、さらに後ろの列へと客を探しに行った。

そんな事があったもんだから僕とその男の人はお互い「どこへ行くんですか?」なんて話して、結果同じマンハッタンに向ってるなら一緒のタクシーに乗っていきませんかという事になった。タクシーでマンハッタンまでは5000円位だから、その人も僕もお互い一人で来ていたので、一緒に乗って割り勘にしようって事になった。

こういう事って日本では絶対ないでしょ。例えば僕が東京駅からタクシーに乗って家に帰るとして、前にいる男の人と「同じ方面だから一緒に乗っていきましょうよ」なんて事は絶対ない訳ですよ。こういう事が起こるのが海外旅行の一つの楽しさなんだよね。

という事で一緒にタクシーに乗り込んで話をしてみると、なんともその人の渡米目的が面白くて、ブルーススプリングスティーンのライブを1回観るだけのためのツアーで来ているというのだ。しかもそのツアーは本当は1日前にみんな着いてるんだけど、どうしても会社を休めず、この人だけ1日遅れで2泊4日で博多発成田経由で来ているというのだ。

ツアーとはいえ、この人だけ1日遅れで参加してるのでやむを得ず自分で(もちろん自費で)タクシーでホテルに向ってるという事で、なんとも根性の入ったファンだよね。博多から成田までの飛行機代もツアーには含まれていないらしく、聞いてみるとスプリングスティーンのライブを1回観るために全部で20万円近く払っているらしい。 20万円払って2泊4日でニューヨークに来て、全く観光をする事もなくライブだけ観て帰るという、なんつーかファンの鏡というか、これはこれで異常な世界だなあ・・・と感心してしまった(しかも高い金払ってるからといってコンサートの席が特別良いとかではないらしい、あくまでそれは旅費なので)。 僕もたまたまスプリングスティーンのライブを日本で観た事があったし、すごいファンじゃないまでもアルバム1〜2枚は持っていたんで、色々とボス(スプリングスティーンの事)について話した。彼にしてみたらたまたまタクシーを乗り合わせる事になった日本人が、ボスのライブにまで行った事があってかなり驚いたんじゃない?

僕はあえて自分がミュージシャンだっていう事なんかも言わずに、あくまでごく普通の音楽好きの旅行者として最後まで彼と話した。こういう出会いっていうのは本当に面白いもんだよね。ホント日本じゃ考えらんないからね、こういう状況って。

毎回旅に出ると、現地にいる友達に会うとかっていうのとは別に、不思議な出合いっていうものがある。それはその後も続く関係になる時もあれば、本当にその時だけの『一期一会』な事もある。

結局この男の人とはお互いの連絡先を教えあう訳でもなく、ただ降りる時にお互いの旅の無事を祈りあって「それじゃお互い無事に楽しい旅行を過ごしましょう、またいつかどっかで会えたら。」てな感じで別れた。

こういう出会いと別れって、ホント旅の醍醐味の一つの気がするんだよね。ホント『一期一会』なんて言葉の意味って普通に生活してたらさほど感じる事もないんだけど、旅に出て偶然に人と知り合い、しかも本当にもう一生この人と会う事はないんだろうなと思った時、なんとなく一期一会って言葉の意味が分った気がする。彼の日本での生活も、それまでの人生も、家族構成も何ひとつ分らないのだけど、今この人と同じ空気を共有してるという事だけは強く分るっていう状況。

周りの情報とか、それまでの関係とか、それこそこれからの関係すらないっていうことによって、ダイレクトに『今』とか『現実』を感じれる瞬間なのかな?一期一会ってそんなものなんだろうと思う。

ニューヨークに降り立って僕がすぐに体験したのは、ニューヨークの空気でも、昔の友達との再会でもなんでもなく、見知らぬ日本人とタクシーを一緒に乗るという事で感じた一期一会なのでありました。いやはや旅はやっぱり色々あるなとつくづく思いました。