小さな経験

僕みたいな職業の人間がある程度の期間海外旅行に行くとですね、どうも色んな人から唐突に「どう、海外行ってなんか変わった?」とか、「充電してきて、良い刺激得たでしょ!!」とか、どうも海外に行った事ですごく一気に何かが変わったかの様に言われる事が多いんだよね。
 
確かに知らない国に行くと、すごい大きな影響を受けて帰ってきますけどね、でもそれって海外に行ったから突然180度違う感覚になったり、突然全く違う生活習慣に触れたりする訳じゃあないんですよ。
 
実際は、本当に小さな発見の積み重ねで、それが帰る頃にはすごく大きな刺激となってたり、精神的にリフレッシュ出来たりしてるんだよね。いくら言葉も違う国へ行って色々経験するっつってもね、実際その一つ一つは本当に小さな発見なんですよ。あくまでその積み重ねが旅の大きな成果として現れるんだと思うんですよ。
 
例えばね、フランスで電車に乗ってみて「日本の電車より急発進・急停車だなあ・・」とか、雨が降ったら降ったで「こっちの人はあんまり傘をささないんだなあ・・・」とか、あるいは沈む夕陽を見て「きれいだなあ・・・」とか、朝目を覚まして「今、日本は夕方なんだよな・・・」とか、ほんとそんな小さな発見や感じる事の積み重ねでね、「ああ、こんなアイデアもあるんだ」とか「俺はこういう感覚で生きて行けたらいいな」とか、そういうある程度大きな旅の結論へと達して行くのですね。
 
ホントその一つ一つは他愛もない事なんですよ。パリの地下鉄が日本より急発進・急停車だなんて、マジでどうでもいい事でしょ、実際。でもそれを日本で知る事が出来るかといったら、やっぱり無理なんだよね。あるいは逆に「夕陽がきれいだなあ・・・」なんて事は日本でも感じる事が出来ると思うんだよね、でも実際に毎日生活しててそんな事いちいち思うかっていうと、やっぱりあまりに日常過ぎて気付かない。でも旅先だと、ふとそういう事に気付いたりするんですよ。
 
そういう本当に小さな発見の数々で、だんだんといつもの日常で凝り固まってた頭が柔らかくなってくるというか、鈍感になってた感覚が鋭くなって来るというか、なんかそんな気がするんですよ、旅に出ると。空気の感触とかね、人とのコミュニケーションの温度とかね、そういうのをすごく感じるようになってくるんですよね。でもあくまでそれは、すごく小さな発見・経験の積み重ねでそうなる訳でね、外国に行ったから突然何かが変わったり、何かを発見したりとかってのはないんだよね。
 
実に不思議な事なんだけど、人間って慣れてる場所にいると、ことのほか感覚が鈍くなってる事ってあるでしょ。例えば曲とかでもね、CD屋でBGMで流れてると妙に良く聴こえたりするんだよね。で、そのCDを買ってきて自分の家で聴くとあんまり感動しなかったりする。それってやっぱり自分の家という事で、なんつーか感覚が安心しきっちゃってるんだろうね、きっと。
 
外にいると本当に些細な事でも気が付いたりするんだけど、自分の家だと今さら全然何にも感じなかったりするんだよね。例えば自分の部屋の壁の模様とかね、あるいは家具のデザインとか、そんなんもう気にしないじゃん、全然。でも友達の家に行くと、そういうの見て「いいなー」とか「こういうレイアウトもありだなあ」とか感じたりする。近所の名所なんて全然行かないのに、外国に行くと妙にお寺だとか美術館だとかに行くとかっていうのもそうだよね、実は身の周りにもすごく楽しい事はあるんだけど、そういう所からは全然刺激を受けないんだよね。
 
だからね、海外に行って色々刺激を受けるというのも、実はそんな大した事ではなくてね、本当は僕らの身の周りにある事とおんなじなんですよ。ただ普通に生活してると気付かないだけでね、本当に些細な事なんですよ。そういう事に旅先だと敏感に気付いて、それの積み重ねで、旅から帰ってくるとすごくよい経験になってるって事なんだよね。
 
そう考えるとね、なにもわざわざ海外とかに行かなくても、感覚さえ敏感になっていればキミのそばにもそれはあるはずだよ!!(ホフディラン名曲シリーズ『コジコジ銀座』より)って事で、きっと色んな刺激を受けられるんだろうなと。
 
しかしね実際問題それはそれで大変だと思うんですよ、いちいち自分の部屋の壁の色とかに毎日感動するってのもねえ・・・大変でしょ? だから海外に旅に行くと、なんつーか良い口実になるわけですよ、感動するための。「サンタフェの夕陽はなんて紅いんだ!!」とか「メキシコシティーの空気はなんて薄いんだ!!」とかさ、言いやすい訳ですよ。東京に住んでて突然「原宿の道路はなんて固いんだ!!」とかって感動しにくいじゃん、変にそんな事をいちいち口に出して感動してたらかなりおかしなやつに思われるしね。
 
という事で、何を言いたかったんだ?俺は。えっと、つまり小さな感動の積み重ねが最終的に旅の大きな経験になるんだよね、とかなんとか、そんな事を言いたくて書きはじめたはずです、はい。