気まぐれた街の結末

ピリ辛について書いた回で、お店が開いているのを見た事がない『気まぐれコーヒーハウス』という店の事を書いて、最後に「このホームページも含め僕も残りの人生をこれからは相当気まぐれてみようと考えている今日この頃である。」と文章を閉めたんだけど、この間久しぶりに『気まぐれコーヒーハウス』を見に行ってみたら、やはり気まぐれ過ぎてたらしく、ついに潰れてしまっていた。さすがに僕自身「気まぐれてみよう」なんて書いたけど今となっては「やっぱ気まぐれすぎてちゃ人間いかんなあ、、、、」と意見を変えざるを得ない状況になってしまった、、、、、う〜ん。

実はこの『気まぐれコーヒーハウス』のあった一角は再開発で新しいビルが建つという事で、『気まぐれコーヒーハウス』だけでなくその付近の数十軒の店や住居が丸ごと閉鎖されてしまったのである。ビルが出来たらその中にまた同じ店が入るのかどうかは知らないが、僕は『気まぐれコーヒーハウス』だけでなくけっこうその地区自体が好きだったので、突如として街ごと無くなってしまいビックリしました。

その一角は思えばかなり気まぐれた店ばっかで、なんか再開発されるのも頷けるなあ、、、という感じだったんだけど、中でも僕が大好きだった『和光』というつけ麺屋もやっぱりかなり気まぐれてて、僕としてはあのお店が無くなってしまったのはすごく残念なんだけど、なんか再開発という名称がある意味ピッタリ来てしまう所がなんとも情けないというか、まあ気まぐれてたからねえ、、、、という結論になってしまう。

『和光』の親父さんというのはまあ本当にきまぐれな人で、味は本当に美味しいんだけどその味とは裏腹に親父さんはいつも常連客と競馬の話をしてたりして、言っては悪いがなんつーかやる気なさそうな感じなんだよね。でも名物のつけ麺はかなり美味しくて、親父の仕事っぷりと味は必ずしも比例しないという珍しいお店の一つでしたね。

ここの親父さんがどのくらい気まぐれていたかというと、ある日僕が女の子と食べに行った時の話で、僕は前からメニューに『和光スペシャル』というのがあってそれがすごく気になってて、いつもつけ麺ばかり食べていたんであえてその日は『和光スペシャル』を頼んでみたんだよね。すると親父さんが「ああ、それ駄目!」って言うから何かと思って僕が「は?」と聞き返すと親父さんはサラっと「ああ、それねえ美味しくないから、、、」って「えーーー??」だよこっちは、「じゃあなんでメニューに載ってんの?」って事でしょ。しかも『和光スペシャル』だよ!!店名を冠に付けてしかもスペシャルですよ、それが「美味しくないから」ってなんじゃそれ!!なんのためのスペシャルなんだ!!

例えば僕がプロレスラーだったとしよう、そりゃー必殺技のひとつも開発する訳ですよ『ユウヒスペシャル』ね。なんかトップロープから飛び下りて相手の肩の上で1回転した後に相手の首を自分の足で固定しつつ逆さになって相手の足首を掴んでクルクルっと相手がバック転する様な形で1回転させて、そのままキャメルクラッチを足でするような形でギブアップに持って行く。そんな必殺技『ユウヒスペシャル』を開発しておいて、ファンに「ユウヒスペシャルはいつやるんですか?」と聞かれて、「ああ、あれはやめ。あれねえ、全然効かない上にむしろ自分が痛いんだよね、、、」と言ってるようなもんですよ!!親父さん!!(説明が回りくどい)

どうやら幻の(食べさせてくれない)『和光スペシャル』というのは要するに「全部入りラーメン」らしいんだけど、ちょっと面白いかと思ってメニューに入れてみたけどやっぱりできれば普通のシンプルなつけ麺を食べて欲しいという事らしいんだよね。まあ考え方は正しいんだけど、それだったらメニューから外せばよさそうなものだけど、なんか外すのも面倒臭いんだろうね、きっと。という事で頼んでも作ってくれない『和光スペシャル』という気まぐれたメニューが誕生したのである。

その日は女の子と行ったからなのか、妙に親父さんが色々話しかけてきて、前に一人で行った時は全然話さなかったんだが、なんかまあそん時は延々と「うちはさあ、取材とか全部断ってんだけどさあ、この間どうしてもって頼まれてTV出ちゃってさあ、ホント断ったんだけどね、どうしても取材したいって言われてさあ、なんか日本中食べたけどうちが一番うまいとからしくてさあ、、、それで出たんだよね。そしたらなんか毎日毎日TV観たお客さんが場所が分らないんで交番にうちの店の場所を聞きにくるらしくて、交番も参っちゃってるらしくて、、、、」とかまあとにかく微妙に嬉しそうな顔でずっと話してて、なんかまあやはり取材絶対お断りの頑固親父というよりは気まぐれでお茶目な親父って感じだったのだね。

名物のつけ麺には『醤油・味噌・塩・パイタン』の4種類があったんだけど、僕はそん時親父が気をよくして喋ってたんで「このつけ麺の中で一番お薦めの味はどれですかね?」となにげに店の一押しメニューを聞いてみると、親父はまたまた嬉しそうに「実はねえ、ここに書いてないけど一番美味しいのがあるんだよ!!」ってまたまたこっちは「えーーーーーー??」ですよ。メニューに載ってる『和光スペシャル』を頼んでも「美味しくない」と言う上に、なんと今度は一番美味しいつけ麺は「メニューに載ってない」って、じゃあ一体このメニューの意味はなんなんだよ親父!!って感じでしょ。どうも親父さんの話では最近新しい究極の味を作り出して、まだメニューにも載せてなく常連さんだけに出しているらしいんだよね。「この次来たら出してあげるよ」とか言っててもう自信たっぷりな訳。そりゃーこっちも気になるじゃん、その4種類の味ですらかなり美味しいと思ってるのに、さらにその上を行く究極の味とまで言ってるんだからね。次回まで待てずに僕が「それってどんな味なんですか?」と聞いてみると「うーん、ベースはポン酢風味なんだけどね」ってそこでまず「え?」ですよ、「つけ麺でポン酢風味?」今いちピンと来ないがこの親父さんがこれだけ旨いと言っているんだから相当うまいんだろうと思っていると、親父さん聞いてもいないのに「うん、それでその特製のタレを『うまい醤(ジャン)』って名付けたんだよね」ってここで完全に「はーー???なんじゃーーー??」ですよ、「なんじゃ、その素人なネーミングは???」ってビックリですよ。つけ麺が美味しいので有名なこのお店の主人が醤油・塩・味噌・パイタンの末に、ついに行き着いた味が『うまいじゃん』ってちょっと軽過ぎじゃね?

まあなんだかんだ言ってもかなりその『うまい醤』が気になっていた僕は後日一人でまた『和光』へと向かいました、約束通り今回は食べさせてもらおうという事で意気込んで行った訳ですね。店に入って僕は当然メニューを見る必要もなく(というかメニューにはどうせ載ってないし)、本当はかなり「うまい醤下さい」と言うのは恥ずかしかったのだが(だって「うまいじゃん」だよ、、、、)、ここは恥ずかしがってはいられないので、とにかく勇気を出して親父に「つけ麺、うまい醤で!!」と言うと、親父さんはなんとビックリした顔で僕を見て「え?、、、、、どこで聞いたの?うまいじゃんの事」って、「えええーーーーー???」ですよまたまた、この親父さん僕がこの前店に来た事やそん時自分が『うまい醤』の話をした事をすっかり忘れてるんだよね。でもって「どこで聞いたの?」って、そんなん街中でたまたま『うまいじゃん』の事なんて聞く訳ないじゃん!!あんたが言ったに決まってんじゃん!!って感じじゃん。もうどこまでも気まぐれてるというか、本当にやる気あんのか全然よく分らない親父さんなんだよね。

まあそんなこんなでやっと『うまい醤』にありつけた訳ですが、親父さんの言ってた通りポン酢をベースにしてあって、決して悪くはないんだけどね、なんかそんな究極じゃないんじゃん?というか、決してこの味をうまくないじゃんとは言わないが、これだったら普通の醤油とかの方がうまいじゃんという気もしまして、なんつーかまあいいんじゃんというか、悪くないじゃんというか、とりあえず食べれてよかったじゃんというか、また来るじゃんというか、ごちそうさまじゃんというか、、、、、、、、、まあそんな感じだったんじゃん。(いや、マジで全然美味しいんだよ、でも親父さんがやたらともったいぶっていた程ではないなと。ここの元々の4種類の味がそもそもレベル高いので、それと同じ位だったのだね)

結局この『和光』が再開発の名の元に閉店してしまうまで、僕は何度か通ったが『うまい醤』が正式にメニューに載る事はなかった。そこら辺もやっぱり気まぐれてて良かったねえ、あるんだかないんだか好評なんだか不評なんだか全然分らない。(っつーか普通「これが最高傑作だ!」って味が出来たらメニューに載せてみんなに食わせるよね、それをそうしない辺りがかなり気まぐれてるじゃん!!)

今となってはもうあの『うまい醤』を食べれないというのも寂しいけど、なんかあの閉店の仕方自体が『和光』っぽいというか、なんか全然悲しさがなかったんだよね。親父さんは最後まで「まあ、再開発だからしょうがないんじゃん」とか言ってそうなんだね。そんな親父さんの店が例の『気まぐれコーヒーハウス』のすぐ近くにあって、そこら一帯が再開発で取り壊されたというのも、なんかホントに「らしい」というか、あの地区はマジで妙な『気まぐれ感』が漂ってたんだよね。

この間ある街で、和食屋さんの看板に『お酒と気まぐれ』って書いてあるお店があったけど、あそこも大丈夫かなあ? なんかまた再開発とかされそうで怖いね。そもそも『お酒と気まぐれ』って文法的にもなんか変だしね、お酒と気まぐれな料理って事なのかな?。まあいいや、とにかく無事を祈ろう。