食べる人

僕が父親から学んだ事の中で今だにしっかり身に付いている事の一つは蕎麦の食べ方です。なんかそれだけ挙げると親父から「俺が教えたのはそれだけか」って怒られそうだけど、僕にとってその位嬉しい事だったし正に親から子へ受け継がれた事の一つが『蕎麦の食べ方』でしたね。

うちの親父は根っからの江戸っ子というか僕から見てもホントすっごいかっこいい人で、ビシっと決める所は決めるって感じの人です。だから食べ物とかにもすごくうるさいんだよね。旨い鍋を作るために築地に買い出しに行っちゃう様なそんな人で、寿司は親子3代同じ銀座の店っていうそんな感じの人なんですよ。そんな親父から僕は高校生位の時かな、蕎麦の食べ方を教わった訳。もちろん蕎麦の食べ方だけじゃなくて、寿司の食い方、酒の飲み方、うまいハンバーガーにうまいピザ、全部親父から学んだんだけどね。中でも蕎麦の食べ方はすごくちゃんと学んだっていうと大袈裟だけど、かっこいい大人になる通過儀式の一つって感じで連れてかれたのを覚えてます。

まず連れて行かれた蕎麦屋自体が親父が昔から行ってる様な店で、そこに連れて行くって時点でもう始まってんだよね、つまり「お前も自分で稼げる様になったら、こういう店に彼女でも連れてくるんだぞ」っていうのがね。でもって暖簾のくぐり方とかさあ、そういうの一つ取っても別に何を言う訳じゃないんだけど分かるんだよね、なる程こういう風にするんだなあってのがね。よく「芸人は芸を習うんじゃなく芸を盗め」っていうけどさあ、ホントあんな感じ。別に何を教えられる訳じゃないんだけど、動作一つ一つからさあ盗めって感じなんだよね『大人のやり方』を。頼む順番は、まずは酒と卵焼きに店によっては焼き鳥か板ワサ、それで酒は絶対ヌル燗。うちの親父の場合絶対ヌル燗。熱燗じゃ熱すぎで美味しく飲めないって事なんだよね。冬に屋台とかで温まりたくて飲むんだったら熱燗でいいかもしんないけど、蕎麦屋でツマミと飲むんだったらヌル燗がいいんでしょ。そういうこだわりみたいなの、ホント盗む訳ですよ横に座っててね。最近は冷や酒がやたらともてはやされてるけど、うちの親父はほとんど飲まないね冷や酒は、だから僕もほとんど飲まない。別にそれが正しいって訳じゃないんだよ、只親から子へとそういうスタイルが受け継がれてるだけなんだね。

うちの親父が蕎麦屋での酒のつまみに教えてくれたのが『天抜き』。『天抜き』っていうのは天婦羅蕎麦の蕎麦を抜いてあるやつ、つまり天婦羅が温かい汁の中につかっているだけのやつの事なのね。これをつまみにして酒を飲むとホント美味しいんだよね。

そういうおつまみを楽しんだあたりで、いよいよ肝心の蕎麦を頼むんだけど、やっぱり蕎麦はセイロだよね、海苔も無し、何も無し。薬味も使わないでとっておく、まず蕎麦だけ汁にも浸けずに食べる。それから汁に浸けて食べて行く。そして1枚食べ終えた辺りで一旦口の中の味を変えるために薬味のネギをつまみに酒を飲んで口を洗う。口がさっぱりしたら次の1枚へと進んで行く。味に飽きてきたらさっきの『天抜き』の汁に蕎麦を浸けてみるも良し、天カスを汁に足して味を変えてみるもよし。もちろんこれを逆にしてしまったら台無しだよね、最初から天婦羅を汁に浸けたりしちゃったら最初から最後まで油っぽくなっちゃうからね。最初あっさりからだんだんコッテリにして行くのは、まあ言うまでもなく基本だよね。締めは蕎麦湯をもらって終わりだけど、その為には最初の時点で蕎麦つゆは全部は入れないでおく、そうすれば蕎麦湯を入れた時点で残しておいた蕎麦つゆで味の調節が出来るでしょ。全部入れちゃってると蕎麦湯を入れても味が濃すぎて飲めなかったりするからね。そういう細かい所はやっぱり親父と一緒に食べに行ったりしないと、絶対僕だけじゃ身につかない流儀でしょ。それと蕎麦湯を入れた後に、残っている薬味のネギを汁に入れてつまんだりするんだよね。つまり薬味のネギは味がキツイから蕎麦とは一緒には食べないんだけど、酒のつまみとか蕎麦湯を入れた後の具としては使う訳。

まあそんな感じで親父から蕎麦の食べ方ってのを学んだんだけど、別に僕はその食べ方そのものはどうでもいいっていうか、人各々だと思うんだよね。大事なのは蕎麦の食べ方それ自体よりも、親が子供にそうやって自分のやり方、かっこいい成長の仕方っていうのを自信の持って伝えてくれるって事がすごく嬉しい事だったんだよね。それがネクタイの締め方でも同じだし、髭の剃り方だって同じだよ。そういう学校では教えてくれない、ライフスタイルみたいのが親から子へと受け継がれて行くっていう事がすごく意味のある事だと思うんだよね。そしてそれが最も顕著に表れるのが物の食べ方とかそういう何でもないんだけど意味のある事とか、各々のこだわりがある所だと思うんだよね。

なんで『蕎麦の食べ方』について書いたかっていうと、最近食べ物屋で食べ方というか礼儀がなってない奴が多くって、そういう連中を見る度に「この人達は自分の親からちゃんとした食べ方を習わなかったんだなあ」って思う訳。前に美味しい水餃子屋に行った時に、そこはすっごく小さい店で常に行列が出来てる様な店で。そこで僕も並んで待ってたんだけど、既に席についているお客の中に男女3人で来てたサラリーマン風の連中がいてさあ、そいつらがもう食べ終わってんのにいつまでもペチャクチャ喋りながら酒だけ追加したりしてまた飲み始めたりマジで最低なんだ。別に飲み屋でウダウダ飲んでたってそりゃー構わないと思うしむしろそれは普通だよね、でもそこは完全な食堂な訳だよ、しかも後ろには並んでる人が沢山いるのにさあ。そういう小さな食べ物屋では次の人の事も考えて食べ終わったら席を空けるってのが礼儀でしょ、ラーメン屋とかもそうだよね。飲みたかったり喋りたいんだったらその後バーでも行けばいいんであってさあ、別にルールって訳じゃないけどその位のスマートさは持ってて欲しいよね。つまりその3人組は悪気もないし逆に自分達のやってる事が「かっこ悪い」んだって事自体気付いてないんだよね。だからって壁紙で「食べ終わった方はお早く席を空けて下さい」なんて貼ってあったらやっぱ冷めちゃうじゃんこっちも、だからそこら辺は客のサイドの礼儀だよね、しかも誰も教えてくれない、それこそ親とかから盗まないと分からない所だよね。僕はそういうのすごく親から学んだからさあ、それはホントルールとかそんなんじゃないんだよ、ただ『かっこいい』やり方としてね、だから別に僕が正しくてその3人が間違ってるとかではないと思うよ、でも単純に『かっこ悪い』なあって思うよねそういう人を見ると。あとラーメン屋とかでよくいるのは団体で来てて全員が食べ終わるまで店を出ないグループとかね、まあ店が空いてるんだったらそれでも全然いいけど、待ってる人がいたりするんならやっぱ食べ終わった順に出ないとね。その位のマナーは持っててほしいよね。

まあ色んなダサイやつらは一杯いるけどさあ、僕は食べ物ってやっぱり食べる側の問題というかそういうのってすごく大きいと思うんだよね。つまり美味しい店だって食べるサイドがその食べ方とか分かってなかったら絶対美味しくならないんだよね。どこの店だっていつでも美味しい訳じゃないと思うんだよ、やっぱ食べる方の体調だとか食べ方だとかそういうのと作る側の出来とか全部がピッタリの時に最高の味になると思うね。だからガイドブックみたいのを見ていわゆる『美味しい店』に行くだけじゃ本当の意味じゃ美味しくないと思うよね。全部をお店まかせじゃ絶対駄目だと思う、美味しく食べるために食べる側も色々考えないとさあ、絶対美味しい料理なんて成り立たないよ。だから最近グルメブームなのかどうかしらないけど、とりあえずお店自体もガイドブックなんかもほんと出揃ったというか毎週の様に雑誌やTVで『美味しいお店特集』とかやってたりかなり充実してきてると思うんだけど、でもなんかそれに食べる側が追いつけてないって感じがちょっとするね。「プロなんだからいつも美味しいもの出してよ」とか「こっちは客なんだからどう食べようとこっちの勝手だろ」とかって感覚じゃ絶対美味しくならないって。

でもやっぱそういうやり方っていうのは、誰もあえて教えてくれないしガイドブックにだって『美味しいお店』は載ってても『その店でのスマートな食べ方』まではいちいち書いてない訳でしょ、だってそれってその店その店その時その時で違う訳じゃん、一緒に食べる人・店の混み具合・その日の体調・季節その他ホントその瞬間の判断みいたいなとこじゃん、だからやっぱ親から盗んだりして習慣として覚えていかないと分からない所だよね。「今日は店が混んでるから早く食べて出よう」とか「今は蕎麦がうまい季節だから食べに行こう」とかそういうのはただ『美味しい店』に行こうという感覚しか無い、あるいはそれさえ無い人には分からないと思うんだよね。そういう意味で僕はホント親父に感謝してます、そういう事を教えてくれたからね。ああいう大人になりたいなって思うね。もちろん自分の子供にもそういう風に受け継いで行きたいって思うしね、やっぱ『かっこいい』奴になって欲しいじゃん息子には。学歴とかそんなのどうでもいいからさあ、『蕎麦の食べ方』をちゃんと知ってる男になって欲しいからね。